岐阜カレー巡礼。

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岐阜カレー巡礼。

カレーが“国民食”といわれるようになって久しい。
なぜ、我々はこれほどまでに、カレーに惹かれ、カレーを愛するのか。
そこには、作る人の数だけ、多様かつ奥深いカレーの世界があるからにほかならない。
スパイスが導いてくれる未知の味と、心地よい刺激に出逢いに。
この夏は、岐阜で噂のカレーを求めて、飽くなき巡礼の旅へと出かけよう。


飛騨エリア 高山市 弱尊 JAKSON

比類なき、唯一のカレー リピート必至は覚悟の上で

弱尊 JAKSON_01

人には、忘れられない味、というものがある。高山市の市街地にあり、地元客はもちろん、外国人観光客も多く訪れる『弱尊』。その店のカレーは、独創性にあふれ、客の記憶の中に留まり、ふとした時に思い出してまた食べたくなるような、依存性を持つ。
店主の上段甚市朗さんは、飛騨市古川町で生まれ育った。高校生の頃から自分の店を持ちたいと思い始め、調理師専門学校へ進学。そして、卒業後の進路が彼の人生を大きく変えた。就職先は北海道富良野市。旅行客から圧倒的な支持を得て、夏のシーズンには行列が絶えないカレー屋「唯我独尊」のマスター、宮田均さんが営むペンションだった。上段さんは宮田さんを「放任主義で、野性人で、人に愛される変わり者でした」と親愛を込めて形容する。宮田さんの妻にパンの作り方を習うと、10日ほどですっかりパン作りを任された。夜は客に出すフレンチフルコースの補助からスタートしたが、働き始めてわずか2カ月後、20人以上の客が宿泊する夜に、宮田さんの姿がない。電話を掛けると「今、札幌だから」。驚きつつも上段さんは覚悟を決め、スープからデザートまで、スタッフとともにフルコースを作り切った。「マスターは夜10時に帰ってきて『大丈夫だったか』って一言。しかも翌日からもう、全く宿に来なくなったんですよ」。以来、仕込みから調理まで全てを一任された。「25年前のことだから、今ではいい思い出です(笑)。思えばあのマスターの大胆さが、自分にとって良かったんだと思います。今も僕の中には確実に“独尊イズム”が流れている」。
5年間を富良野市、約1年を名古屋市、さらに約5年間、高山市の飛騨牛ステーキ専門店「キッチン飛騨」で修業し、平成15年に独立。高山市内に居酒屋やラーメン屋だった店舗を借りた。小さな厨房で作れる料理は限られる。すると、宮田さんの「カレーは鍋と木の棒さえあれば作れる」という言葉を思い出した。19歳で初めて食し、「なんて変わった、面白いカレーだろう」と衝撃を受けた唯我独尊のカレー。そこに自分が培った知識や経験を加え、あの味に近付きつつも、決して同じではない、自分のカレーを作ろうと思い立った。
カレーにはクミンやカルダモン、数種類のハーブ、深みを出す八角など28種類のスパイスを使用。5日間かけて炒めた玉ネギに香辛料やリンゴなどの果汁を加え、混ぜ合わせて作るルーを、数日間熟成。それをスープでのばして味を調えると、弱尊のカレーが出来上がる。黒々としてとろみのあるカレーは、意外なことにまず、強い甘みが口に広がる。やがて次々と複雑かつ未知の旨みが押し寄せ、後からピリピリと刺激が追い掛けてくる。サクッと揚がったカツとの親和性。青のりやごま、漬物の名脇役ぶり。このカレーに宿る唯一無二の味を、きっとあなたも忘れることはできないだろう。

Data

  • 高山市天満町5-5
  • 営業時間:11:30~14:30(LO14:10)、17:30~21:30(LO21:10)
  • 定休日:木曜、第3水曜の夜
  • TEL.0577-36-1810

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