岐阜の素敵な女性にお会いしました。

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憧れの気持ちを現実に。
夢を叶えた女性たち。

母はシャンソン、娘はジャズ。
二代で実現させた歌手の夢。

シャンソン歌手 遠藤伸子さん・ジャズシンガー 川鰭(かわばた)祐子さん
シャンソン歌手 遠藤伸子さん・ジャズシンガー 川鰭祐子さん

遠藤伸子さんは幼い頃から歌が大好き。父は生まれて間もなく戦死、母は11歳の時に病気で亡くなった。「歌い手の晴れ舞台はニューヨークのカーネギーホールやよ」。声楽家を夢見ていた母がいつも語っていた言葉は、3人の親になった伸子さんの口癖になった。子育てを終え、47歳でシャンソン歌手としてデビュー。そして平成12年、何とカーネギーホールでのリサイタルを現実にしたのだった。

「大好きな母と一緒に歌っているみたいで、本当に夢のような時間でした」。

その時、同じステージに立ったのが長女の川鰭祐子さん。アメリカで本場のエンターテインメントに触れ、帰国して本格的にジャズを歌い始めたところだった。一流の舞台に魅了されて一気に歌への情熱が込み上げた祐子さんは、ニューヨークで音楽を猛勉強。現在はジャズシンガーとして活躍中だ。

「子どもの頃、歌と仕事に母を取られているようで寂しかったんです。でも、いつも近くに歌があった。私が歌手を目指したのは自然な流れでしたね」。

この冬、伸子さんの念願だったオーケストラとのコンサートが実現。次の目標はボランティアライブの500回達成と言う。

「夢を叶えるには強い思いと努力が必要。何でも前向きに考えるのが大切よ」。笑顔の伸子さんが祐子さんに寄り添った。

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憧れの舞妓さんになりたい。
鹿児島からはるばる岐阜へ。

鳳川妓連(ほうせんぎれん) 喜久雛(きくひな)さん
鳳川妓連 喜久雛さん

中学生の時、デパートの催事で見た艶やかな京都の舞妓にひと目ぼれ。「どうしても舞妓さんになりたい」。その夢があきらめきれず、故郷の鹿児島から単身で岐阜へやって来た。岐阜のお座敷文化を継承する喜久次(きくじ)さんのもとで、舞妓を志すことを決意。お茶屋に住み込みながら短大に通い、舞・三味線・唄・鳴物・茶道と、修行に励んできた。そして昨年11月、幇間(ほうかん)となった喜久次さんの妹『喜久雛』として見世出(みせだ)し。岐阜で18年ぶりの舞妓の誕生とあって、周りからも祝福の声が数多く寄せられた。

「あの時に見た舞妓さんと同じ姿をした自分を見て、本当に感激しました。今までの人生で一番幸せな日でしたね」。

舞妓としての第一歩を踏み出した喜久雛さん。学校から帰るとすぐに身支度をし、お座敷に上がったり、稽古に通ったり。毎日休むことなく芸を磨いている。これからの目標は、芸事が達者で愛嬌があって、たくさんの人に愛される舞妓や芸妓になること。得意の英語を生かし、外国人の客とも自分の言葉で話したいのだとか。

「毎月違うかんざしをさしてもらうのがうれしくて」。控えめにほほ笑んだ顔の横で、桜の花飾りがふわりと揺れた。

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