
サクサクと噛むと口一杯に広がるのはカステラの味。
カステラを2度焼きして乾燥させるという逆転の発想。
大企業では真似のできない職人の技がヒット商品を生んだ。
午前4時。5月の夜は東から白み始めてきたが、町はまだ、寝静まったまま。さっき起きたばかりの小田春雄さん(77)は、いつものようにもう自宅に隣接した仕事場に立っている。
仕込んだばかりのカステラ生地を鉄製の型に流し込む。たっぷりと生地をたたえた型をトンネル窯の入口に置く。ガスの火力は120度、コンベアの速度は毎分8センチに設定済み。そろりそろりと型がトンネルの中に吸い込まれていく。その様子を見届けて、小田さんは次の型に生地を入れ始める。
「ドライカステラ」とは、小田さんが開発したカステラの商品名。その名の通り、2度焼きしたカステラである。外見と食感はラスクのようだが、味は間違いなくカステラ。日本中でつくっているのは小田さんだけだ。
小田製菓は昭和4年創業。創業者の父親は、和菓子全般を手がけていたが、戦後は松風など焼き菓子が主要製品だった。小田さんが国鉄を辞めて家業を継いだのは昭和27年。父について焼き菓子づくりの腕を磨いた。名古屋の菓子問屋に勧められてカステラをつくり始めたのは40年頃。
「ああだこうだと苦労したけど、どうしてもふわふわにならん。半年考えてやっときめの細かいカステラができた時は、うれしかったね」
初めてつくったカステラは好評だったが、ひとつの問題があった。カステラは日持ちが悪いので、4~9月は注文がぱったりと途絶えるのだ。夏場も売れるカステラはできないか。
それには水分を抜けばよいと考える。さっそくカステラをレンジに入れて焼いてみたが、真っ黒に焦げるばかり。どれだけ火加減や、焼き時間を調整しても、結果は変わらない。
焦げる原因のひとつは、蜂蜜にあると分かったが、蜂蜜はカステラの風味には欠かせない。そこで配合を変えたところ、焦げ具合は半減した。焼き時間をもっと短くしたい。カステラを薄くスライスして焼き、水分を抜けやすくしてみた。結果は大成功。小田さんがきつね色の皮に包まれた黄金色のドライカステラを世に送り出したのは、開発を思いついてから2年後の昭和57年だった。
見本市や展示会に出品したドライカステラは、全国の業界の注目を集めた。カステラの夏場の需要が期待できるのだ。小田製菓には注文が殺到、昼も夜も生産に追われた。製造に手間ひまがかかるので、大手は敬遠し、同業者もその製造方法の秘密に迫ることができなかった。
菓子職人としての小田さんの人生は、妻の喜美子さんとともにあった。作業場にはいつも従業員と一緒に働く喜美子さんの姿が見られた。病いに倒れた妻を5年間の介護の末、失ったのが4年前。以来、小田さんは仕事を縮小し、パート従業員とともにドライカステラを焼き続けてきた。
昼近く、2度焼きが終ったドライカステラが、秒速4ミリの速度でトンネル窯から出てくる。今日の最初の製品が香ばしい匂いを仕事場一杯に広げる。小田さんは慈しむように目を細め、その出来具合を確かめる。
「よっしゃ。母ちゃん、今日もいい商品ができたよ」
白い仕事着の内ポケットにしのばせている妻の写真に、小田さんは今朝もそう語りかける。
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- ドライカステラは、普通のカステラをもう一度焼き、水分を飛ばしてつくる。原料の配分に小田さんだけの秘密がある
- 「ドライカステラ」とは、小田さんが開発したカステラの商品名。
- そろりそろりと型がトンネルの中に吸い込まれていく。その様子を見届けて、小田さんは次の型に生地を入れ始める。
- 小田さん愛用の道具たち
- カステラを薄くスライスして焼き、水分を抜けやすくしている。
- 見本市や展示会に出品したドライカステラは、全国の業界の注目を集めた。
- 小田さんは慈しむように目を細め、その出来具合を確かめる。
- 窯から焼き上がったカステラが出てくる。紅茶やコーヒーに浸して食べる味は、クセになりそう
- 長崎屋小田製菓 小田春雄さん(77)
長崎屋小田製菓
- 所在地:岐阜市寿町6-37
- 電話:058-252-0983



















