画家 玉木英治さん

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画家 玉木英治さん

長良川鵜飼を描いて70年
百歳にしてなお挑戦を続ける画家

壁一面にびっしりと絵が掛けられたアトリエで、健気にカンバスに向かう玉木英治さん。この春、めでたく百賀を迎えた画家、通称「鵜飼の玉英(ぎょくえい)」だ。

「子どもの頃から、絵が好きでね。勉強しろ、って言われて部屋に籠るでしょ。それで父親がそぉっと覗きに来ると、絵ばっかり描いてる。よく怒られました」。

絵が好きでも、それだけで易々と食べてはいけない。一度は画家になる夢をあきらめ、呉服の老舗「松坂屋」に小僧に出て、家業の染物屋を継いだ。

転機は意外な縁から訪れた。30歳で結婚した妻の安子さんは鵜匠の孫。義祖父に「ぜひ鵜飼を描きなさい」と勧められ、再び絵筆を握った。鵜船に乗せてもらい、間近で繰り広げられる鵜飼をひたすらスケッチ。金華山を背景に悠々と長良川を行き交う鵜船、煌々(こうこう)と川面を照らす篝火、巧みに手綱を操る鵜匠。程なく、玉木さんのカンバスに鵜飼の情景がありありと浮かび上がった。

以来、鵜飼を描き続けて70年。何百枚と描いた題材に、「頭の中のスケッチブックをめくれば、鵜飼はもう目をつぶってでも描けます」とユーモアたっぷりに笑う。

日本画、油絵、水彩画と、ジャンルは幅広い。清水正一氏、山川利夫氏、秋山文雄氏ら、7人の先生に師事しながら、人生の大半を絵にぶつけてきた。

舞妓を題材に取り上げ始めたのは、画家として一本立ちを果たした50歳の頃。知り合いの画廊から依頼されて描いたのがきっかけ。ちょうど、鵜飼の他にも柱となるテーマを探していた。これと決めたら、あとは一直線。7年間欠かさず週末に京都へ出向き、舞妓のデッサンに明け暮れた。頭の中にもう一冊、舞妓のスケッチブックが完成した。

今、自宅の和室には正月に描き上げた一枚の絵がある。そこには鋭い眼差しを持つ龍と虎の姿。今年から挑み始めた新たな題材だ。これまでも数々の公共施設に鵜飼の絵を寄贈してきた玉木さんだが、今後は寺院の襖絵や天井絵として龍と虎を描いてみたい、と意欲を燃やす。30歳からの鵜飼、50歳からの舞妓、そして100歳からの龍虎への挑戦だ。

通っていた黒野小学校の同級生は47人。よく「僕らは赤穂の四十七士だ」と笑い合った。しかし、100回目の誕生日を迎えられたのはただ一人。膝の上で尻尾を振る愛犬の「白」を撫でながら、玉木さんは穏やかにこう結んだ。

「人生にはうれしいことも辛いことも色々ありました。でも、今も好きな絵を描いて生きていられる。私は本当に幸せやと思います」。

Photo

─人生を支える宝もの─

マルチーズの3代目「白」

2009年夏に家族の一員となったマルチーズ。名前は3代目「白」。夜も抱っこをして一緒に寝るほど可愛がっている。近くを一緒に散歩するのが日課だ。

Profile

玉木英治 たまきえいじ
画家。1911年岐阜市生まれ。70年間に渡り長良川鵜飼を描き続けてきた。雅号は「玉英」。100歳の現在も自宅のアトリエで創作活動を続ける。

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