ステンドグラス パルサ隈元孝行ステンドグラス工房

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ステンドグラス パルサ隈元孝行ステンドグラス工房

ステンドグラスは中世ヨーロッパの教会堂美術をルーツとする。
ヨーロッパの美の真髄を日本に伝えようとする父と娘の職人魂。

子どもの頃、里佳さんは父が画家だと思っていた。暇さえあれば、イーゼルの前で絵筆を握っていて、そばへ行くといつも絵具の匂いがした。高校生の時、鹿児島市へ旅行する。町一番の繁華街・天文館のアーケードに取り付けられたステンドグラスの式典に出席する父について行った。灯が入った巨大なガラス絵が夜空に輝くと、周りの人たちから感嘆の声が上がった。ステンドグラスは父の作品であった。

「あの時、決めました。よし、父の仕事を受け継ぐぞって」

高校を卒業した里佳さんは、当然のように美術系の短大に進学する。

パルサ隈元孝行ステンドグラス工房は、輸入家具販売会社(株)パルサの一部門。社長の隈元孝行さん(55)は、里佳さんの父だ。25年前、家具店勤務の経験を生かして独立、輸入家具専門店を開業した。同時にステンドグラスの製作も手がける。その時に行ったヨーロッパ旅行がきっかけになった。

「ドイツやイタリアで見たステンドグラスの美しさに感動しました。本物の西洋の美を何とか日本でも身近なものにできないかと思いましたね」

ドイツのアンティーク店で26点の作品を購入。古い城の窓を飾っていたステンドグラスだった。

どうやってつくってあるのか。作品を徹底的に解体してみる。これなら自分でつくれそうだ。しかし、このままでは日本の建築には融合しないから、独自の技法やデザインが必要だと気づいた。以来、独学で技術を磨く。評判を聞いて製作依頼が次々にくるようになる。今では十数人の職人を抱え、巨大なパネルの製作も可能な日本有数の工房に成長した。

ステンドグラスの原画を描くのは一貫して孝行さん。原画は建築の設計図と同じで、簡単には描けない。ガラスの小片をケイムと呼ばれる鉛縁で接合していく時、その重量をうまく分散しないとガラスが割れてしまう。描き手はガラスの特質とパネル全体の強度を考えながら、設置空間との調和と美しさを追求しなければならないのだ。

原画に従って下絵をつくるところからが里佳さんら職人技の出番。原画を段ボール紙に実寸大に描き直す。拡大コピーをつなげばよさそうなものだが、孝行さんはコンピューターやOA機器は一切使わせない。

「父は、機械を使うと、本質が見えなくなると言うんです」

下絵の上に乗せた色ガラスをカッターで切り、さまざまな形のガラスの小片をつくる。それをジグソーパズルのように組み合わせ、ケイムやハンダで接合させていく。徹底した手作業だ。

「色ガラスの小片が、少しずつ父の絵になっていくんですよ」

と里佳さん。仕事は父や工房の先輩から習った。原画はまだ父しか描けないが、最近、顔などガラスに直接描き込む絵付けの仕事を任されるようになった。少しは父の背中に近付いている。

これまでに手がけたステンドグラスは約5000点。全国の公共施設、商業施設などのほか、一般住宅でも数多く使われている。愛知万博の会場も飾った。

この春、JR岐阜駅北口玄関に設置された作品は、縦4メートル、横8メートルの大作。岐阜城や鵜飼のイメージが色鮮やかに表現されたパネルの前は、待ち合わせの人気スポットとなった。

Photo

パルサ隈元孝行ステンドグラス工房

  • 所在地:岐阜市六条江東2-11-15
  • 電 話:058-274-9777
  • コメント:(1)件 | トラックバック:(0)

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昔、隈元まきさんにお世話になった者です。 ご活躍の由うれしく拝見させていただきました。

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