焼肉 旬やさい ファンボギ [ファンボギ]

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名玉の三男が始めた変幻自在な焼肉店/肉への情熱が生んだ、焼肉屋の本質

焼肉 旬やさい ファンボギ [ファンボギ]
創業50年の言わずと知れた焼肉の名店「名玉(めいぎょく)」の三男、高橋樗至(のぶゆき)さんが2年前に住田町で開いた『ファンボギ』。

始まりは15歳の頃。父の隣で厨房に立ち、肉の知識や商売について学んだ。別の道も見てみたいと家を飛び出すが、父の入院や店の移転を機に、長男の幸志さんと柳津町で再スタートを切る。当時では珍しいジャズが流れる和モダンな店内で、少量多種の肉を炭火とともに提供することを発案。「常に時代の先手を打つこと」が名玉の基準となった。これを皮切りに2号店を展開。岐阜屈指の焼肉店として名を馳せていく。

その間、精肉店での修業も経験し、自ら牛舎へ赴くようになった樗至さん。飛騨牛生産者との親交が深まるにつれ、大切な命との一期一会、愛情を受けて育った牛の圧倒的な肉質の良さを実感。「牛に感謝を込めて味わってもらえる、お客様が唸るような演出をする。それが役目だと思った」。

その後、兄の元を離れ独立。友人との食事や家族の記念日など、相手やシーンに応じて、その日その人が求める味を提案するおまかせコースは評判高く、客からの絶対的な信頼を得ている。

さらに、部位や肉質に合わせた熟成法で肉の旨みを引き出す。柔らかな食感とサシの甘みが増した一切れは、まさに感嘆の一言。基準のクオリティを保ち続ける老舗の使命から離れ、変幻自在のパフォーマンスを組み合わせ、新しいスタイルを確立した。

「生産者の方に食べてもらったときに、自分の育てた牛がこんなにうまい肉になるのかって泣きながら言ってくださった。この道で良かったんやって僕ももらい泣き(笑)」。

現在は、海外店のプロデュース業や出店の話も進むが、「世界に出ることで飛騨牛を流通させるのが目標」と樗至さん。売上や名声よりも、飛騨牛やその生産者への愛情にあふれる。それが焼肉屋の“本質”と言わんばかりに、彼の信念は率直で、潔い。


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