見落としそうなくらい小さな『nuta』の文字。2階へと続く細い階段の脇に、店の在り処を知らせるささやかな表札が掛かる。「“ものや nuta”が本当の名前。書いてないけど」。店主の峯田千景さんが小さく笑った。
岐阜に店を開いて4年。秋田の曲げわっぱ職人のおひつ、洗う度に味の出る麻の布巾、刺し子の跡が残る昭和時代の酒袋、古い時代の陶器の高台…。大切に作られ、長く使い続けたい作家ものや、時の経過が刻まれた古いものが、淡い光の差し込む店内にしっとり馴染むように置かれる。何故だかそれら銘々が、独自の時間を有しているようだ。
「服飾作家さんが布の切れ端が捨てられず、繋ぎ合わせて作った鍋つかみです。使うと柔らかい風合いになって、またいいんです」。「これは日本の古い布。この穴がかわいくて!」。峯田さんがきゅんとくるのは、作り手の愛情が注がれた部分や使われてきた痕跡。深い慈しみを込めて語られる彼女の言葉を聞くうち、気付いていなかったもののもうひとつの顔が、魅力として見えてくるから不思議だ。
“もの”好きは性分と言える。小学生の頃には花屋など、何かを売る仕事が夢、中高生時代から錆びたものを集め始めた。初めて勤めた名古屋の雑貨屋でのこと。吟味された素材で丁寧に作られた一点ものが東京から届き、包みを開ける度に、その一品が発する存在感に酔いしれた。「気に入った子は自分で直して、使い道を変えて最後の最後まで見たいんです。ベッドカバーは切ってコースターにしたり、巻物にしたり。それこそ雑巾になって全うするまで」。
品物があふれる時代、買っては捨てる時代、何が必要か、自身が欲するものさえつかめない時代。ものの価値とは何か。「自分にとっていいものって、何も感じないんですよ。使ったときの違和感とか」。心から幸せそうな峯田さん。迷える心を導き、ものの存在意義を教えてくれる。
Photo
- 服飾作家omotoさんの鍋つかみは、布の切れ端を縫い合わせて作られている。「おばあちゃんに育てられて、ものを捨てられない方と聞きました」。本物の銛(もり)はオブジェとして。鍋つかみ/¥3,348、銛/¥2,200(すべて税込)
- 錆びたものに惹かれ、拾い集めた釘やネジ、クリップなど。「よく下を見て歩いてるんです(笑)」
- かつて酒蔵で、酒を絞る際に使われた木綿の酒袋。破れては縫い合わせて使用した痕跡が残る。縫った時期によって糸の色が異なる
- 穴やシミがある日本の古い布。陶磁器やカトラリーも扱う
〈企画展〉
7/4~13 『ペブル印房展』
nuta ヌタ
- 岐阜市八幡町37-3 2F
- TEL◇058-214-9976
- 営業時間◇12:00〜17:00
- 定休日◇火・金曜日(臨時休業あり)
- URL◇http://nuta.petit.cc/