少女の生涯をかけた贖罪の物語。
それはほんの小さな嘘から始まった…。
ようこそ、あうん劇場へ!
今回ご紹介するのは“文学の秋”にぴったりの作品です。ひとりの無垢な少女の嘘によって引き裂かれた男女の過酷な運命と、自らの罪の重さを背負って生きる少女の姿を描いた文芸作品『つぐない』です。
1935年、戦争の影が忍び寄るイギリス。政府官僚の娘で小説家を夢見る13歳のブライオニーは、広大な邸宅で恵まれた生活を送っていた。ある夏の日、彼女は姉セシーリアと使用人の息子ロビーが結ばれる光景を目撃してしまう。ロビーにほのかな想いを抱いていたブライオニーは動揺を隠しきれない。
そんな時、女性が何者かに襲われる事件が発生。いくつかの誤解と嫉妬から、ブライオニーはロビーが事件の犯人だと証言してしまう。多感な少女の小さな嘘によって、引き裂かれてしまうセシーリアとロビー。
事件から4年後、ロビーは戦場の最前線に送られていた。そしてセシーリアは彼の帰りをひたすら待ち、「私のもとに帰ってきて」と手紙をしたため続けていた。それを知ったブライオニーは自分の犯した罪の重さを痛感する。しかし戦争は泥沼化し、3人は過酷な運命の波にのみこまれていく…。
本作は第二次世界大戦を背景にした、世間一般で言うところの“メロドラマ”なわけですが、キーラ・ナイトレイ(=セシーリア)、ジェームズ・マカヴォイ(=ロビー)、シアーシャ・ローナン(=ブライオニー)という実力派若手俳優3人の素晴らしい演技と、ジョー・ライト監督による緻密な演出によって、ありふれたメロドラマとは一線を画した格調高い作品に仕上がっています。
さらに、作品をより秀逸にしているのが、劇中に流れる一風変わった音楽。ドラムや太鼓のような打楽器音の代わりに、《タイプライターを打つ音》が使われているのです。
ピアノとストリングスの美しい旋律。そこに加わる「カシャン、カシャン、カシャン」というタイプ音。それはまるでブライオニーの鼓動とシンクロするかのように、時には緩やかに、時には荒々しくリズムを刻みます。ナレーションや台詞以上に彼女の心情を代弁してくれるこの音楽が物語をスリリングに加速させ、映画を見ている私たちの心拍数までもコントロールしてしまいます。本作がアカデミー作曲賞を受賞したのも納得です。
そしてこの映画の主題は、その名の通り《つぐない》です。人は誰しも日常生活の中で大なり小なり罪を犯してしまうもの。その結果、他人を傷つけてしまうこともあります。ブライオニーの場合、幼く純粋がゆえに大切な人たちの運命を狂わせてしまいます。そして自分のついた小さな嘘がどれほど残酷なものであったのか、その罪の重さに気づいたときから彼女の贖罪の日々が始まるのです。
彼女は自らの罪をつぐなうことができるのか?またその罪をどのような手段でつぐなおうとするのか?
すべてが明らかになるクライマックスは、どの登場人物に思い入れがあるかによってその印象が大きく異なると思います。ブライオニーの生涯をかけた贖罪に、あなたはどんな感想を持つでしょうか?
つぐない
- Atonement
- 2007年/イギリス/フランス/123分
- 監督 ジョー・ライト
- 出演 キーラ・ナイトレイ/ジェームズ・マカヴォイ/シアーシャ・ローナン/ヴァネッサ・レッドグレイヴ ほか